【3.大学(大学院)教育はどのような役割を果たすべきか】
次に、大学や大学院の教育がどのような役割、あるいは機能を果たしていかなければならないかということについて、述べたいと思います。
これは、大学や大学院が、学ぶ人のニーズに応えていけるかどうかという考えを取らざるを得ないわけです。大学で生み出すところの科学(サイエンス)やその知識というものが、産業や企業の活動、また、われわれ市民生活の中で応用・適用されていく時代であると、P.F.ドラッカーは1960年代から主張していました。大学における知識というものを実社会で適用していく実践者(スペシャリスト)が、大学外の社会の様々な分野で、その知識を利用していく社会がすでに1960年代から始まっているのです。「知識社会の到来」ということです。
そのような状況を踏まえ、社会に必要とされる人材を大学は提供できるかどうかという形で、1950年代、特に1960年〜1970年代以降、アメリカなどで急速に産学連携という形で発展していったのであろうと考えております。
日本の場合も、メーカーにおけるロボットやオートメーションといった分野では、産学連携はそれなりに進んでおり、特に輸出型の自動車や電気関係はアメリカの生産性よりも高いのですが、逆に内需型の分野などではアメリカに比べて労働生産性が非常に低く、その差が広がっているという状態です。
この内需の分野は、金融や保険、流通など、いわゆる不良債権で悩んでいる分野ですが、その中でも特に間接部門といいますか、事務の分野は生産性が非常に低い状態にあります。生産性アップのため、大学で開発している知識・サイエンス・社会科学系の分野などが生み出したノウハウを、事務の分野に活かすといった点が、欧米に比べて日本の大学は非常に遅れていることが、今の大学の問題ではないかと思っています。端的に言えば、冷戦が終わった1991年以降が特にそうですが、中学・高校・大学卒業生の3年以内の大量の離職者やフリーター、ニートといわれる層が400〜500万人存在しており、こうした層を生み出しているのは、今述べましたことも影響しているのではないでしょうか。
厚生労働省が昨年の12月に1万1千余の企業の人事担当者に、「今の求職者にどういう能力を求めているか」とアンケートを出した結果(1,472社が回答)、上位には即戦力となる要件といってもいいと思いますが、第1にコミュニケーション能力があげられていました。2番目に職業人意識。要するに、働く意欲。3番目に基礎学力。4番目は、専門的な能力。特に大学生については、資格の取得が足らないということです。5番目としてはビジネスマナー。この5つを身に付けることによって60%以上は就職できるはずだというアンケート結果が出ております。就業能力やキャリアなどという言葉を最近は使っていますが、このような能力を身に付けた人材、逆にいうと、こういうものを教える教員を、大学が提供できていないということが問題になっているわけであります。
もちろん全ての大学が、このような即戦力となるような人ばかりを育てればいいと考えているわけではありません。大学の中には将来ノーベル賞を取れるような人材を育てるという、最先端の開発を行なう部門も必要であると思います。ある分野に長けた人材は、その分野へとより一層育っていくのは当然のことであり、どの国も心がけていることです。
しかし、アメリカが心がけているように、即戦力となる人材が、会社で力を発揮し、さらに自分の目標に向かって他の会社に移ることもあるでしょうし、また、大学に戻って社会人大学で勉強するということもあるので、そういう意味の大学もなければならない。これは選択肢の問題であり、日本の場合はノーベル賞を取るような意味の大学の供給システムは多いのですが、アメリカ的な、現に社会のニーズに応えるという意味では、まだ体制ができてないというのが実情だろうと思っております。先ほど、求職者に求められる5つの能力を言いましたが、そういう人材を大学自ら養成していくシステムが非常に弱いという意味であろうかと考えております。
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